バルトロ氷河トレッキング前編(スカルド〜パイユ) 

地球最大の山岳地帯のその核心部にあるバルトロ氷河をコンコルディアまでトレッキングする。前半はパキスタン最奥の農村地帯を出発し、次第に険しさを増す山岳地帯へと入る。行程は途中川べりのヘズリや渡渉などがあるが比較的起伏が少なく歩きやすい。強烈な暑さのなか3日目にパイユに到着し、ここで後半に備え1日休養のため滞在する。

イスラマバード空港を飛び立つとやがて右の窓に標高8126mのナンガパルバットが見えてくる。ナンガパルバットは独立峰に近いため重量感にあふれ存在感のある山だ。
スカルドに近づくにつれ山は次第に険しくなり狭い谷に沿って飛ぶようになる。両側を山にはさまれ飛行機がぶつかるのではないかと思うほどスリリングな飛行が続きやがてインダス川のかわらの滑走路に無事着陸した。このコースは山岳地帯を飛ぶので欠航が多く、前回はスカルド上空まで来てイスラマバードに引き返してしまったが今回は無事着陸できた。




機窓から見るナンガパルバット (8125m)




スカルド近くを流れるインダス川

スカルド空港からインダス川沿いに1時間ほど走ると今日の宿泊地シャングリラホテルに到着する。
今はアンズの実りの時期で、道の両側には黄色いアンズの実が枝いっぱいについている。
カラコルム一帯は乾燥地帯のため荒地が多いがシャングリラホテルの周りは近くの山から豊富な水がながれてくるため緑豊かな別天地のようだ。

スカルド近辺ででみられた花

ホテルから早朝ジープ4台に分乗しいよいよトレッキング開始地点のトンガーリ村を目指して出発。スカルドを過ぎると山間部に入り、道は次第に狭く険しい山岳道路となる。
最後の町シガールで休憩のためしばらく停車したあと再び出発。シガールからしばらくはのどかな農村地帯が続く。時々悪ガキどもが我々のジープめがけてアンズを投げつけてくる。
農村地帯が終わると道は再び山間部の険しい道となる。まるでジェットコースターのように急斜面のアップダウンが続き急流の谷川へ放り出されそうになる。


険しい山岳部を行くジープ


轟音をとどろかせて流れる激流

道に沿って流れる谷は氷河からの大量の水を集め、数メートルもの水しぶきをあげながら、まるで滝のようにごう音をとどろかせ激しく流れる。
この流れがカラコルムの谷を深く刻み鋭い絶壁を作っていく。

途中の川には車のとおれる橋がない。ここでジープを降り対岸で待つジープに乗り換える。対岸へは濁流の上の丸木橋を渡る。スリル満点の橋を,添え木につかまりながら恐る恐る渡る。


激流にかかる丸木橋


突然の鉄砲水

対岸に無事渡り終えてほっとしていると突然川を渡っていたポーターたちが猛烈な勢いで走りだし、ガイドのアリさんが血相を変え大声で怒鳴りだした。いったい何事が起こったのかわからず、一瞬村人が荷物を奪って逃げ出したのかと思った。しかしそうでは無かった。恐れていた鉄砲水が発生し川原は一瞬にして流れに呑まれ数人が途中に残されてしまった。幸い鉄砲水はすぐ治まり事なきを得たが緊張の一瞬であった。

トレッキング開始地点のトンガーリ村に到着。本来はこの先のアスコーレが出発地点だが、途中の道ががけ崩れのためここでキャンプをして明日からいよいよトレッキングが始まる。トンガーリ村は一面そばの花が咲き緑豊かな村だ。
この村で見かける女性はこれまで見慣れたパキスタン人とはかなり様相が異なりむしろチベットに近い。極端に写真を嫌うため残念ながら撮影はできなかった。カメラをしまうと近づいてきて装飾品などをしつこく売りにくる。


トレッキングスタート地点のトンガーリ村


トンガーリ村の少年たち

我々のキャンプの周りには珍しさからか村人や子供が集まってくる。どの子も顔中垢だらけで服は破れ、まともな履物も履いていない。現金収入の乏しい山間の村の貧しさを感じさせる。でも子供はみな元気にはしゃぎまわり笑い顔が絶えない。
今日からキャンプ生活だ。一日目は出発の準備をすませたあとは夕食までのんびりとすごす。夕食は食べきれないほどのボリュームで普段の食事よりづっと豪華だ。でもカレーの味は意外なほどあっさりしており、ちょっと物足りなかった。

朝およそ7〜80人ほどのポータたちが集まってきた。今日からこのキャンプ地へ戻ってくるまでの2週間、大量の食料やキャンプ用具を運ぶ。準備ができたポータが順に今日のキャンプ地コラホーン目指して出発していく。ポータが出発したあと、ガイドのアリさんを先頭に我々も2週間のバルトロ氷河トレッキングへ出発した。
トンガーリからアスコーレまではジープが走っていたので広い道だが、途中いたるところで道が崩壊している。
乾燥地帯のため緑は少ないが道の両側にはラベンダーが咲き珍しいあざみの花も咲いている。


いよいよトレッキングスタート


砂利の堆積した崩れやすいがけの続く道を進む

川沿いに続く道は砂利と石が堆積してできた20メートルほどの垂直な壁がつづく。今にも崩れそうで上から石が落ちてこないかと不安になる。この壁は土砂が堆積した川底を急流が深く削ってできたものだ。雨が降ると簡単に崩壊しそうで危険なところだ。

アスコーレまでは崩れやすい砂利と石のガケが続きちょっとした雨でもすぐ崩れてしまうような危険な道が続く。崩壊したところでは川原に下ったり上をまいたりしながら進む。


アスコーレまでがけ崩れで寸断された道が続く


最後の村アスコーレ

1時間ほどで最奥の村アスコーレに到着する。この村は家が密集しておりまるで迷路の中を歩いているようだ。道や家の屋根には子供たちがたくさん出てきてしつこく物やお金をねだってくる。
前回フンザの方を歩いた時には我々がとおるとすぐに子供が集まってきたが決してものをねだる子はいなかった。同じパキスタンでもずいぶん違うものだ。
アスコーレを過ぎると広々とした平坦な山すその道が続く。その道が急に上り坂になると前方に大きな岩が現れる。川の両側の岩にかけられた不安定な釣り橋を一人づつ慎重に歩き対岸に渡る。対岸は広い平坦な道が続き、強烈な日差しの中土ぼこりを避けながら30分ほど歩くと急なくだり道になりここからは岩場の道が続く。


つり橋を渡って対岸へ


原種のバラ

山岳部に入るにつれバラの花が多く見られるようになる。一重のいかにも原種といった素朴なバラの花だ。
バラは西アジアから中国、日本が原産。西アジアのバラがヨーロッパで品種改良され美しい豪華な花が作られた。その花と中国バラや日本のノイバラと交配して現代バラが作られた。

強烈な日差しとトレッキング一日目ということもあってかかなりばて気味になって歩いていると前方の林でキッチンスタッフが大きなヤカンをもって待っている。
ヤカンの中身は冷たいジュースだった。木陰に座り込みジュースを一気に飲み干とやっと元気を取り戻すことができた。しばらく木陰で休んだあと歩きはじめると5分ほどで今日のキャンプ地コラホーンに到着。
コラホーンは氷河の先端にあるため、夜は日中の暑さからは想像もできないほどの強烈な寒さに襲われる。


最初のキャンプ地は氷河の前


川へ落ちると激流に飲み込まれてしまう

わずかに水面に出ている石のうえを慎重に進む。もし川に転落すると激流に一瞬にして飲み込まれてしまう。先に渡ったガイドのアリさんが無事に渡りおえるまで心配そうに見守っている。
道は次第に険しさを増し岩場の狭い道になる。途中にはガーネットが拾えるところがあるが生憎くず石ばかりだ。でもあまり夢中になっていると岩場から転落してしまう。以前は山の斜面につけられた不安定な道だったが、今はしっかりした道が作られ危険は無くなった。
ここから先へは横から流れ込む広い川があり上流のジョラを経由して大回りしなければならない。


道は次第に険しくなる


大回りしてジョラの近くで吊橋を渡る

1時間ほど川に沿って歩くと釣り橋が現れる。ここから対岸に渡る。釣り橋ができる前は野猿のようにロープに籠を吊り下げて渡っていた。今でも釣り橋の無いところでは時々見かける。
照りつける日差しは強烈だが日をさえぎるものはなにもない。対岸に渡ると大きな石がありわずかな日陰がある。この日陰に入るとやっと生きた心地がする。釣り橋からすぐジョラのキャンプ地に到着する。でも今日のキャンプ地はここからさらに2時間ほど先のバルディマルの手前のローバルディマルだ。

前半最後の日は一気に標高差600mくらい高度を上げ、ほぼ富士山頂と同じ高さにあるパイユまで行く。
乾燥した岩肌ばかりの土地だが乾燥に強いハーブの花が所々に咲いており特にロシアンセージのブルーの色は景色を一変させる美しさだ。


岩場に咲くロシアンセージの花
(Perovskia abrotanoides)


足がち切れそうなほど冷たい濁流の渡渉

幅10メートルほどの川の渡渉地点にきた。水深はひざ程度だが水の勢いは強く水の冷たさは表現できないほどだ。濁流のため川底が見えないので一歩一歩慎重に進まなければならない。川の半分もいかないうちに冷たさで足の感覚がなくなる。冷たさに必死に耐えながらやっと対岸に渡った時には足がちぎれそうな痛さだ。こんな冷たい水の中にポーターたちは入ったまま我々をサポートしてくれる。温度に対する感覚が我々とは違うようだ。日中の炎天下でも厚着のままで汗ひとつかかないし、凍るような寒いときでも同じ服装でいる。

川の前方に氷河が見えてきた。これがバルトロ氷河の先端だ。氷河といっても表面は岩くずで覆われて真っ黒。
ここまでくればもうパイユはすぐだ。一旦川原まで下ってから長いのぼり坂を登りきると前半の行程も終わりだ。


前方にバルトロ氷河が現れた。パイユはもう近い、


パイユは広々とした安らぎの場

パイユは広々とした川原に面した場所にあり、緑も多く休憩地としては絶好の場所だ。ここに休養と高所順応をかねて2日間滞在する。川原で洗濯をしたり土ぼこりで汚れた体を洗いのんびりと一日を過ごすことができる。ここにいるとなんだか動くのがいやになってくる。このまま数日時間を忘れてのんびりしていたくなる。
背後には標高6317メートルのパイユタワーがそびえている。キャンプ地から一気に2500メートル以上の標高差で聳え、山頂部はカラコルムの山らしい荒々しい形状をした山だ。


キャンプ地の背後にそびえるパイユタワー (6610m)


前方にはバルトロ寺院群の山々が続く

これから行くバルトロ氷河の方に目を移すと特異な形状をしたバルトロ寺院群の山が連なる。どの山も非常に荒々しい独特な形状をした山ばかりでカラコルムを象徴する山だ。
トンガーリからパイユで見られた花

山と花のアルバム