ポンちゃんのアンナプルナ山群周遊の記録 (前編)
ベシサールを出発し、途中トロンパス(5416m)を超えジョムソンからタトパニにいたるアンナプルナ山群大周遊の旅、前半の記録
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アンナプルナ山群はクーンブと並びネパールを代表する雄大な山群だ。このアンナプルナ山群をぐるりと一周し、最後にアンナプルナ内院にいたるという日本から全行程35日という壮大な旅。この旅は連日雄大な山々を見ながらのすばらしい旅だが行程があまりに長く、しかも途中5416mのトロンパスを超えなければならないという過酷な旅だ。本編はその前半、ベシサールを出発し途中トロンパス(5416m)を超えジョムソンからタトパニに至る2週間あまりの旅の記録である。 |
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第1日目 2004年10月24日 ベシサール[Besishar](760m)からナガディ[Ngadi](930m)へ |
日本を出発しここまで早5日が過ぎた。いよいよ今日からネパール中北部大周遊の旅が始まる。
7.00予定より30分早く出発。進行方向にラムジュン・ヒマールの山並みが見える。途中お祭り期間だけ設置されるブランコで若いダワは子供と一緒に遊んだり、度々出会う唯一の輸送手段ともいえるロバの輸送隊を交わしながらのんびりと進む。
やがて少し遠いけれど前方にマナスル山群を見る。もうあまり見る機会がないとか。
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ブルブレ(840m)で10.30-12.00まで昼食休憩。昼食は時として注文してから出るまで時間がかかり1時間以上休む場合もある。
13.40今日の宿泊地ナガディに到着。汗をかいたのでシャワーを浴び、6.00の夕食はダルバート。 ここは夏シュラフで十分の暖かさだ。外からお祭りシーズンの為か太鼓や歌声が聞こえてくる。深夜1時に目がさめて星空を見上げるとオリオンが輝き、満天の銀河が美しい。
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ベシサールからラムジュン・ヒマール
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お祭りだけに作られるブランコ
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たびたびロバの輸送隊をやり過ごす
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ついに見たマナスル山群 |
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第2日目
2004年10月25日 ナガディ[Ngadi](930m)からジャガット[Jagat](1,300m)へ
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5.00頃街道を行くロバのベルの音で目が覚める。7.00出発、結構アップダウンのある路を行き11.55-13.30滝のあるところで昼食。
14.40ここがジャガットの入り口だと言われたが実際に宿に着いたのは15.15。独、仏の団体が同宿で満員、熱いシャワーを浴びて18.00夕食をとり早々と寝る。 |
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やっと到着した宿
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第3日目 2004年10月26日
ジャガット[Jagat](1,300m)からダラパニ[Dharapani](1,860m)へ
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6.05起床、7.00パンケーキ、オムレツ、ミルクティーで朝食をとった後7.30に出発。9.00にチャムジェ(1,430m)に到着。タール(1,700m)で11.20-12.40昼食をとる。14.18カルテ(1,850m)に到着。15.16ダラパニのロッジに到着した。あいにくロッジが混んでいたのかアシスは部屋をもらえなかったと不満そうだった。 |
昼食のやきそばは油の味がおかしいのでスグ食べるのを止めたのだが、案の定下痢。正露丸を飲んで夕食は止めた。 宿の前がロバ使いの宿舎になっているのだろうか、道に荷を降ろしたロバを放っている。
今日は雲が多いが丸い月が出ている、腹具合が良くないのでホカロン2ヶを使って暖めて寝る。 |
山村風景
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タールの滝 |
他のトレッカーたちと後先になりながら |
やっと宿に到着 |
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第4日目
2004年10月27日 ダラパニ[Dharapani](1,860m)からチャーメ[Chame](2,670m)へ |
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第5日目
2004年10月28日 チャーメ[Chame](2,670m)からピサン[Pisang](3,200m)へ |
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第6日目
2004年10月29日 ピサン[Pisang](3,200m)からマナン[Manang](3,540m)へ |
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第7日目
2004年10月30日 らマナン[Manang](3,540m)滞在 |
今日は休養のため停滞日だが08.30高度順応のため河を渡って右岸の展望台に行く。あたりは夜のうちに降った雪でうっすらと雪化粧をしている。
9.34高度3,720mの展望台に到着。ガンガプルナ(7,485m)からの氷河が美しい。バッテイ(茶屋)でお茶を飲みながら10.04まで眺望を愉しんで下に見えるポカリ(池、崩壊で出来た氷河池)に向かった。
10.34ポカリに到着。静かなこの池の右手上方に旧展望台が見える、それはガンガプルナと谷を隔てた正面に位置していて絶好のポイントなのだが残念ながら崩壊で路が途切れている。
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11.00宿に帰って野菜の焼き飯とガーリックスープの昼食。フライドライスはロッジ、バッテイで味付けなどが異なるがあたりはずれが無く、高所ではガーリック、他ではベジのスープとの組合わせが1番だ。
14.00今度は1人で村の東側のゴンパ(寺院)の在る方に上ってみると、そこには水牛やロバが放牧されていおり廃屋となっているバッテイがあった。水牛といっても水辺に居るわけで無いがこんな高いところでも耕作に採乳にと飼育されている。
15.30また「遊園地」が始まる頃なので3,700m地点から引き返し下りて来ると丁度線を引いて舞台を作っているところだった、
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例によって集団が接待のため町外れに向かったのでロッジに戻り拝佛のことをアシスに話すと「それはキット善い事があります」と言う。
今日はラマ教の坊さん達の躍り(お祈り?)だ、一番前でおばあさん達としゃがんで待つ。仏像を持って廻ってくると、おばあさん達は先を争ってその下に頭を突っ込もうとする。やがて仏像が私の頭の真上を通過した。老若男女はみな旗やらなにやら少しでも頭を撫でて貰おうとする、そうすると魔除けと大変なご利益に預かれるそうだ。
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ガンガプルナの氷河 |
氷河湖を見下ろす |
今日も踊りの輪が |
19.30夕食の時アシスがバースデイケーキを持って現れた。同行者のUさんからのプレゼントも添えられている、30日は私の
67回目の誕生日。去年のツアーで祝ったのを覚えていてパン屋で焼かせたと言う。ナムゲルがカター(薄布のマフラー)を掛けてくれる、見ていた宿のおばさんからも、ケーキを食堂在席の他のトレッカーにも食べてもらい、皆からお祝いの歌を合唱してもらった。 タダ感激。 |
とうとう67才になったか
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第8日目
2004年10月31日 マナン[Manang](3,540m)からヤク・カルカ[Yak kharka] (4,018m)へ |
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第9日目 2004年11月01日
ヤク・カルカ[Yak kharka] (4,018m)からハイ・キャンプ[High
camp](4,800m)へ |
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第10日目 2004年11月02日
ハイ・キャンプ[High camp](4,800m)からムクチナート[Muktinath](3,800m)へ |
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第11日目 2004年11月03日
ムクチナート[Muktinath](3,800m)からジョムソン[Jomsom](2,710m)へ |
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第12日目
2004年11月04日 ジョムソン[Jomsom](2,710m)からツクチェ[Tukuche](2,590m)へ |
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第13日目
2004年11月05日 ツクチェ[Tukuche](2,590m)からコプチェパニ[Kopchepani]
(1,710m)へ |
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第14日目
2004年11月06日 コプチェパニ[Kopchepani]
(1,710m)からタトパニ[Tatopani](1,190m)へ |
夜間放たれていたロバは要領よく逃げ回っているが捕まって荷を付けられたらあきらめたか独で歩き出す。今日もどこまで行くのか。 7.00発の予定はゆっくりと7.45になった。
途中ルクセチャハラ(1,630m)で滝を見る。11.04タトパニに到着。13.00昼食後さあ温泉だ。河原の野天風呂へ直行。ロッジに戻って缶ビールを飲む。何日ぶりだろうか?うまい! |
荷を付けられるとトボトボ歩き出す |
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ニルギル南峰を見る温泉 入湯料Rs.15 |
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