インド・ガルワール花の谷トレッキング (2000/07/29〜2000/08/09
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花の谷はインドのデリーから北西のチベットとネパールの国境に近いヒマラヤ山中の4000数百メートル近くの山中にある。花の種類が多く1000種類ほどの花々で谷一面が埋め尽くされるという。しかしこの時期はモンスーンの真っ最中で天気が悪く無事トレッキングができるか心配だ。 |
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ホテルを出て緑に覆われた道をしばらく走るとニューデリーの官庁街に出る。東京とは違って高層建築がまったく無く、緑が多いので都会というより郊外の住宅地か学園のような雰囲気がある。
やがてニューデリーの中心地、インド門と大統領府に来る。 |
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デリーを出発してハリドワールに向かう途中の道にはきらびやかに飾りたて、タイコを打ち鳴らしながら行進する多くの巡礼者の列が続く。この巡礼はガンガーの水を汲みに聖地ハリドワールへ向かう人たちで、家族や近所でグループを組み、きらびやかに飾りたてて聖地まで歩く人たちだ。 ガンガーから汲んできた水は一年の無事を願い神棚に供える。はるばる歩いて汲んでき水だからこそご利益もあるのだろう。 |
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ハリドワールはヒンズーの一般信者がくるところで、隣のリシケシは修行者があつまるところだ。ヒマラヤの山がここで終わりここから広大なインド平原が始まるところから聖地となったということだ。川の対岸は沐浴をする人であふれている。 |
ハリドワールの沐浴場 |
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インド庶民の足リクシャ |
ホテルからリクシャに分乗しリシケシの寺院へ向かった。リクシャはかなりスピードを出し、カーブではひっくり返るのではないかとひやりとする。 リクシャを降りるとハリドワールへ向かう道は大変な人でごった返している。しばらく歩くとガンガの対岸にある寺院へ渡る橋につく。このあたりは人で身動きができない。橋に続く道はどこも人で埋め尽くされ前に進むことができない。今日は日曜日と祭りが重なり大変な混雑だ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
広大なインド平原もリシケシからは一転して山間部に入る。リシケシを出ると次第に山が迫りいつしか道は延々と続く長いのぼり道になり、カーブの連続になる。
このあたりはヒマラヤ山脈の最先端で大地が急勾配でせりあがっていく。 |
ピパルコティのメインストリート |
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急斜面の山村 |
翌朝になっても道路は開通していなかった。がけ崩れの現場ではダイナマイトで巨大な落石を破壊する作業が行わている。工事の終わるのを待っていると、ダイナマイトの爆破音のあとに40センチほどの岩の破片が山を越えて飛んできた。岩はわれわれの10メートルほど前に並んでいた車を直撃したが幸い人に被害はなかった。インドの道路工事は荒っぽい。 |
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ジョシマート手前でまたも落石で通行止めになった。さっきのがけ崩れのところと同じようにインドの人たちは先に進めないとわかるとただじっと待つのではなく食事をしたり洗濯をしたり、あるいはお茶を飲みながら歓談にふけったりと、待つということになれているのか、いらいらすることもなく逆に楽しんでいる。われわれ日本人はただいらいらして早く開通するのを待つだけであり、インドの人のように気持ちにゆとりがない。 |
陽気なシーク教徒 |
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インド人との交流(背後は開通を待つ車の列) |
バスを降りるとシーク教徒の人たちが話しかけてきた。インド人は目つきがきつくとっつきにくそうに見えるが見た目と違い実に陽気な人たちだ。またインド人というとずるく気の許せない人だと思っていたが、この人たちは驚くほど紳士的でいい意味でプライドの高い人たちであった。 |
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今日登山を開始できないと日程的に花の谷へ行くことはできなくなる。ところが昨日通行止めになったところと同じところでまたもや落石で通行止めだ。程なく開通しやっとジョシマートに到着。
ジョシマートは国境警備隊が駐屯する町でこれまでの村に比べると店の数も多くにぎやかだ。とはいっても山間の小さな町だ。 |
ジョシマートの町外れの登校風景 |
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登山準備中 |
いつ落ちてくるかとひやひやしながら1時間ほど走ると登山口のガンガリアに到着する。すでに昼を過ぎており急がないと今日のうちにキャンプ地に着くことが難しくなる。
しかしこの先の道もがけ崩れで予定していた馬がつかえないという。ガイドが急遽ポータを集めに村へ出かけたがあまりの危険な状況のためポータが集まらず、残念だが登山はあきらめざるをえなくなった。仕方なく一旦ジョシマートのホテルまで戻って今後の計画を検討することになった。 結局、ジョシマートの近くの山にも花が多いところがあるというのでそこでキャンプをしながらハイキングをすることになった。 |
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ジープでキャンプ地の近くまで行き、そこからしばらく歩いて見晴らしのいい草地のキャンプ地へ向かった。ちょうど日が沈みかけ空が赤みを帯びてくると、前方にインド国内では最高峰のナンダ・デビの姿が現れた。インドの最高峰はカンチェンジュンガだが、カンチェンジュンガはインドとネパールの国境にあり、インド国内の山としてはナンダデビが最も高い山になる。 キャンプ地からはナンダ・デビをはじめカメット(7756m)、ニルカンタなどの名だたる高峰が一望できる。 |
夕焼けに染まるナンダデビ (7816m) |
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テント場から見るインドヒマラヤ |
雨季だというのに毎日快晴が続く。今日も朝から雲ひとつない晴天だ。今日はキャンプ地の上にある ゴルソンまで花を見ながら日帰りでハイキングに出かける。 |
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キャンプ地から1〜2時間ほどでロープウエーの駅に到着。なんだかばかばかしいような気がするる。はるばるインドまできてロープウエーでいけるところへテントを張ってハイキングにきているなんて。 でも天気に恵まれ思いがけないインドの山々を見ながらのハイキングもまたすばらしい。 次第に花の種類も増え雲上のお花畑となる。 |
雲上のお花畑を行く |
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バドリナート |
ジョシマートからさらに山奥にあるヒンズー教の4大聖地のひとつバドリナートを訪れた。途中の道は急斜面で落石が頻発し、何度も悲鳴をあげるほどの危険な道が続いたがやっとバドリナートに到着した。 |
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昼の間は中に入れないのでその間に近くにある定住村としてはもっとも山奥にある村へ出かけた。ちょうど村では祭りが行われており、村の屋根の上で家族が楽しそうに祭り見物をしている。 |
インド最奥の定住村で暮らす人々 |
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寺院の境内でくつろぐ老人 |
村を抜け少し上ると小さな寺院がある。岩の洞窟の中に神様が祭られている。寺院の前には二人のじいさんがのんびりと日向ぼっこをしている。突然の見慣れない人にちょっと不思議そうな表情だが、気にもかけずのんびりと座っている。
生活は厳しそうだがその表情には安らぎが感じられる。 この寺院の先には規模は小さいがヒマラヤの雪解け水が轟音をたてて流れ落ちる滝がある。 |
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バドリナート寺院はさすが山奥にあるだけにこれまで見てきた寺院に比べるとスケールが小さい。寺院の横のみやげ物店の店先を借りて履物を脱ぎ寺院に入ろうとすると皮製品をつけては入れないという。ベルトやバッグなど皮製品はすべて置いていかなければならない。
寺院の本殿に入ると中央にヒンズーの神が祭られ、高僧らしき人がいろいろ説明してくれる。宗教にあまり関心がないので、話より飾られたおびただしい宝石の数々に目を奪われてしまう。 |
ヒンズー教の4大聖地のひとつバドリナートの寺院 |
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のどかなインドの山村 |
崖崩れの連続で日程も大幅な変更を余儀なくされ、目的地の花の谷へも行くことができず残念だったがもう帰り旅になってしまった。 |
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ルドラプラヤグから車で2時間ほどの所にヒンズーの古い寺院がある。 |
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ハリドワールの沐浴場 |
再びリシケシに戻り、夜ガンジス川のほとりで行われるお祭りを見物した。ちょうど日本の灯篭流しのようなもので、めいめい木の葉で作った灯篭にろうそくをともしてガンジス川に流す。日が落ちるとヒンズーのお経のあと、十人ほどの男女の踊りを始まった。踊りが終わるといよいよ祭りもクライマックスとなる。祭壇からたいまつに火がつけられ儀式が始まった。この祭りの意味はわからないが聖なる火により世の中の災厄を振り払うのであろうか。 翌朝はハリドワールの沐浴場へ出かけた。沐浴場は夥しい男女の群れで、祈りをささげるというよりは大騒ぎをしているようである。沐浴場の両側は人で埋められ、川で沐浴する人、川へとび込んだり泳ぐ人、どこも人であふれそうだ。 |
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デリーに戻った最後の日は出発まで寺院の見学やガンジーの墓の見学、博物館の見学とスケジュールが
いっぱい。 博物館はガンダーラ仏教からヒンズー教までおびただしい仏像や仏画などの展示がある。宗教関係以外にもインドの歴史や文化がぎっしると詰まっており、とても一日ではじっくり見ることができない。 |
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