モンゴルずるむけ赤尻紀行


〜果てしなく広がる草原、その向こうにある山に向かって、ひたすら馬を進める旅〜

2002.8.24 〜 8.31

太田映子

 

 若貴時代が終わりを告げた後のヒーローは朝青龍であろう。最近いろいろ問題を起こしているようだが、モンゴル人はもともと喧嘩っ早いと現地で聞いたことがある。でもあのジャガイモみたいな顔を見ると、一昨年('02)夏に訪れたモンゴルをなつかしく思い出す。女性はスリムできれいな人が多いのに、どういうわけかジャガイモみたいな男性が多い。でも実に立派な体格をしている。筋肉もりもりのマッチョマンではなく、厚みのあるどっしりとした体である。


 ガイドのムギもそうだった。そのムギと一緒に過ごしたモンゴルは、本当に楽しかった。雨が少なく緑の草原とはいえなかったが、どこまでも広がる大地、それを取り巻く山々、そして点在するゲルと呼ばれる遊牧民のテント、さわやかな風を頬に受けて飲むビールのおいしさ。いつでもあの風景は、まぶたによみがえってくる。
 中でも驚くのは現地の人たちの乗馬の技術である。簡単な木の鞍、あるいは裸馬にまたがり、まるで自分の手足のように自由自在に馬をあやつっている。あの独特の袖の長い、ちょっと着物にも似ている「デール」と呼ばれる上着に長靴、カラフルな先のとがった帽子をかぶり、長い竿を持って牛や馬を追う人もかっこいいし、少年たちは馬に乗りながら、ふざけてけんかをしたりしている。
 今回の旅の大きな目的の一つはこの乗馬であった。広い草原をさっそうと駆け回る姿を夢見ていた。が、現実はそう甘くはない。まず乗るのが大変だ。あぶみに足が届かない。ヒラリと乗るわけにはいかない。モンゴルの馬は道産子とは違い、足も長くすらりとしている。あぶみに足をかけるのに持ち上げてもらい、お尻を押してもらってやっと馬上の人になることができる。
 以前、ニュージーランドで一度乗っているから、ちっとも怖くない。まずはゆっくりお散歩だ。少年のような馬子が並んで、しっかり補助の手綱を持っているのが気に入らないが、いずれは独り立ちできるだろうと我慢する。小高い丘に登ったり、川沿いに歩いたり、草原をどこまでも行く。遠くに見えていたゲルでひと休み。聞くと馬子の少年の家であった。早速、自家製の馬乳酒と揚げたての穴なしドーナッツを振舞われる。ゲルを訪れた人には、知らない人でもこうして歓待するそうだ。馬乳酒はよく冷えていて、ちょっとスパークリングワインのような、冬一番の濁り酒のようでなかなか美味い。
 すすめられて大き目のボールで2杯飲んでしまう。ほろ酔い機嫌で初日の乗馬は終わった。この時には、後の耐えがたい苦しみは予想だにしていなかったのである。
 私専用の馬は、白馬でところどころにグレーがまじっている大人しい馬である。いよいよこの旅のハイライト「乗馬で行くオーリーハーン登頂」の日が来た。お天気は上々、乗馬服に身を固め、とは程遠い古いニッカボッカに磨り減ったスニーカー、首にだけは真っ青なバンダナを巻いてさっそうと出発。今日は、お客2人にインストラクター、ガイドのムギ、馬子2人、そして馬子の暇な友達が数人参加している。  馬のおなかくらい、足すれすれの深さの川を渡ったり、牛や羊の放牧の中を歩いたり、草一本ない砂漠のような道を通ったりの変化に富んだコースである。
 
 今日の行程は片道15キロ。最初はのんびり馬を進めていたが、どうやらあまりに時間がかかっているようで、ときどき走らせるようになった。いわゆるトロットという走り方なのだろうか。最初は面白かった。鞍からピョンピョン飛び上がって愉快愉快!だが、それが何度か繰り返されるにつれ、お尻がだんだん痛くなってきた。ガイドのムギが、走る時は座ってないで立ち上がるようにアドバイスをしてくれる。ところが、自分では立ち上がっているのだが、悔しいことに足の長さが違うようで、鞍との間に空間ができないのだ。それでもまだ我慢のできる程度で、目的の山にも無事登り、いよいよ帰途につく。

 お客の鞍にはちゃんとクッションがついている。だがそれも痛さをカバーするのに、なんの役にも立たなくなってきている。トロットの回数は増えるばかり。お尻の痛さを少しでも和らげようと、少し前かがみにしていると、今度は少しずれた部分が猛烈に痛む。これから一旗も二旗も上げようと思っているのに、お嫁に行けなくなってしまう。そこでまっすぐに乗らず、右や左に腰をずらして、片方を持ち上げるようにするが、それも限度がある。こうして前後左右に身体を振りながら、脂汗を流しつつやっとベースキャンプにたどり着いた。

 

 

 
 往復30キロ、朝9時に出発して戻ったのが8時近く。山への往復を引いてもざっと8時間馬にのっていたことになる。シャワーを浴びても、用を足しても飛び上がるような痛さであった。凹の私がこんなに痛いのだから、凸の男性はいかばかりなのか、チベットを何日も馬で旅した友人にぜひ感想を聞いてみたいものだ。
 日本に戻ってから、尾てい骨を中心に直径10センチにわたり赤くはれ上がり、上野動物園のサルも顔負けの状態になり、それがかさぶたになって取れるまで1ヶ月はかかった。でもおかげで一皮むけたイイ女になったともっぱらの評判である。
 こんな苦労はあったもののモンゴルはやはり大好きで、ぜひまた訪れたい所である。その時は亡父のために買い置きしておいた紙おむつを、たくさん持っていくつもりである。
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