アンナプルナ内院へ


2002.4.25〜5.11
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  アンナプルナは1950年6月3日午後2時人類初の8000メートル峰として登頂された。そして、1953年7月M.エルゾーグ著、近藤等訳の「処女峰アンナンプルナ/最初の8000m峰登頂」が刊行され山好きの人たちに爆発的な人気を博したそうだが、僕はその時まだこのことは知らなかった。1956年に日本隊がマナスル初登頂を果たし登山ブームが沸き起こった、僕はまだ学生で山登りを始めたばかり、そんな時にこの本を友人から借りて読んで大変感激したことを昨日のように思い出す。   2001年7月バルトロ氷河をたどり念願のK2に会うことができた。そして、やや虚脱したような満足感に浸りながら次は何処へとぼんやり考えていた。そんなある日神田の古本屋で目に入ったのが「処女峰アンナプルナ」であった。懐かしさに思わず買ってきてしまった。そうか、次はアンナプルナも良いなと思いながら。
 4月25・26日 シンガポール経由カトマンズ
   集合時間に少し遅れて成田に到着、すでに皆さんは出発前のブリフィングを終わり解散していた。最初から遅刻でちょっと怯んでしまったが、TLのSさんは何時も変わらぬの笑顔で迎えてくれた。
  夕刻、シンガポール空港に到着、シンガポールは清潔な未来都市のような姿だが道路はかなり渋滞している。目抜き通りのオーチャードロードのホテルにチェックインしすぐに夕食に出かける。夕食はすぐ傍の高島屋の地下街にある屋台村、ビーフンと春巻きですませる。ホテルで飲むためにビールとローストダックと不思議な果物(赤い皮でほやみたいな形だが中は胡麻粒を混ぜたゼリー状、味はほんのり甘くねっとりとした舌ざわり:サボテンの実でドラゴンフルーツと言うことが後に判明)を持って同室になったNさんとTLの3人で歓談。

  シンガポール発カトマンズへ、カトマンズを囲む丘陵地帯は気流が悪くひどく揺れたが無事着陸。反政府マオイストのゼネストのため迎えの車は小型のトラック2台、自分で荷物を運んで荷台に乗り込む。激しい雨と風の出迎えとなったが、ゼネストのため道路の混雑はなく、町角に土嚢を積んで銃を構える兵士の物々しい警戒のなか無事ホテルに到着。
 4月27日 晴。カトマンズ→ポカラ→ダンパス
   当初の予定ではポカラからモデイコーラ沿いにシャウレバザールまで入るのが第1日目の予定であったが、マオイストの影響も考慮して車はずっと手前のフェディまで、後は急な尾根を登ってダンパスが1日目の幕営地となり、2日目の幕営地ニューブリッジまでは距離が長くなるが展望の良い尾根筋に変更となった。
  国内線空港の入口は少し離れていて荷物も自分で運ばねばならない。こちらもセキュリティーチェックはかなり厳しい。飛行機は小型の双発機で20人ほど乗れる。右側の山が見える席を取ってくれたのは嬉しい。
  離陸して高度を上げカトマンズ盆地を囲む丘陵地帯を越えると、まずガネッシュヒマールの白い峰が見え、間もなくマナスルが現れる。マナスル三山といわれるP29、ヒマルチュリ、マナスルが間近に見えるが、残念ながらどのピークかは良くわからない。やがて前方にアンナプルナ山群の白い峰が見え始めると、機は下降姿勢に入る。アンナプルナ山群の東端にあるラムジュンヒマール6932mをハッキリと認識できる頃には機は旋回して着陸。

  ポカラの飛行場からの眺めは素晴らしい山岳展望である。すでに写真などでお馴染みになった三角に尖ったマチャプチャレ6893mを中央に、右に少し離れてアンナプルナW峰7525m、黒い岩壁を見せるU峰7937m、そして先ほど見えていたラムジュンヒマール。左にはヒウンチュリ6441m、アンナプルナサウス7220mが連なる。しかも、マチャプチャレ迄は直線距離で30kmほどであり高度差は6000mはあり人家の屋根の遥か上に山が見える。

  空港にはシェルパのサーダーが迎えに来ていて、車に荷物とわれわれを乗せるとすぐに走り出す。ポカラは標高800mほどで天気が良いのでかなり暑く車の窓を開けて風を入れる。少々埃っぽい市街地を抜けると田園地帯になり空気もさわやかに感じる。丘陵地帯の入り口といった感じの所で車は止まる。ここがフェディ。スタッフのシェルパとポーターたちは既に集まっており、われわれが身支度を終えるとメンバーの紹介、そして飛び入りのサランギ弾きの小父さんがレッサンフィリリを弾き始める。なんとも賑やかな出発風景である。

  そんな弾んだ気持ちをいきなり引き締めるように急な登りから始まる。樹林帯で日差しはあまり強く感じないが急な登りは息が切れる。40分ほど登り標高1320mの地点にある茶店で昼食。ゆっくり食後の休みをとり、更に急な登りを行く。やがてなだらかな尾根筋に出て前方にテントが張られた今夜の泊まりダンプスが見えるようになる。今日のテント場は正面にアンナプルナ山群を見渡す気分の良い芝生の上。このあたりはトレッキング銀座だから芝生を張ってキャンプ地を提供する地主が居るそうである。
 今日はなんとシャワー付である。周囲をテント布で囲み、ポリタンクに湯を入れポンプで圧力を加えてシャワーにする。こんな経験は初めてである。早速シャワーを使わせてもらう。風が吹くと少々肌寒いが、青空の下でシャワーとはなんとも気持ちの良いものである。そしてキャンプの地主のおばさんがバケツにビールやジュースを入れて売りに来た。早速ビール、ホテルのミニバーよりこっちのほうが安いのだ。


 眼前に広がる山々を期待したが雲が厚くほんの少し姿を見せただけだ。しかし、こんな所でビールを飲むなんていう贅沢しても良いのだろうか。夕食はおいしかった。 やがて激しい夕立、雷鳴もとどろき稲妻が光る。夜半まで雨は続いた。


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 4月28日 晴。ダンパス→ニューブリッジ
  午前5時過ぎ明るくなり雨も上がって雲が消えて行く。眼前に広がるマチャプチャレ、アンナプルナをスケッチし、写真を撮る。今日はニューブリッジまでの長い一日、6時朝食、7時出発朝日がまぶしく輝く、広葉樹の美しい丘陵地帯は道もしっかりしている。ウンニュウ(ワラビ)の太いのが沢山生えていてあっという間に手一杯になる、今日の夕食に出してもらおうとTLたちと袋一杯になるまでワラビ取り。この丘陵地帯の最高点2100m地点を過ぎデオラリのバッテイで一休み。ここからダウラギリが見えると期待していたが雲があって見えない    間もなく石段の急降下が始まる、何処まで続く石段よ!と思ったが後からもっと凄いのが出てくるとは! 500mほど高度を下げて緩やかな渓谷沿いの道に入る。山腹は段々畑が広がり民家が点在する。この辺りはグルン族の集落であるが、中には特徴のある楕円形の石積み藁葺きのブラーマン族の家が所々に見られる。アンナプルナサウスの白い峰を正面に見ながら快適な道を進み、展望の良い集落ランドルン1640mで昼食。対岸の同じような高度には大きな集落ガンドルンが見える。当初の予定でモデイコーラ渓谷に沿って登ってくるとこのガンドルンを通過する事になる。    昼食後は段々畑の中を更に高度を下げモデイコーラに近づく、バナナの木が生え小さなバナナが生っている。植物は豊富で原色鮮やかな小鳥も多い。高度が下がれば気温も湿度も高くここは亜熱帯と言う実感がする。前方に断崖から落ちる大きな滝が見え、その傍に今夜の宿泊地ニューブリッジの芝生のテント場1340mが見える。15時30分まだテント設営の最中で荷物も届いていない。長い道ではあったが割合順調に着いたのであろう。気持ちが良いので草地に裸足になって歩いていたら、早速ヒルの襲撃に遭った。痛くも痒くも無いが気持ちは良くない。しかし、ヒルは伝染病を媒介するとは聞いていないので気楽に接する事にした。今日もシャワーを浴びた後ゆっくりビールを飲む。夜にはスコールのような雨が降った。
 4月29日 晴。ニューブリッジ→ジヌゥダンダ→チョムロン
   今日は距離は短いがアップダウンが激しいと聞いている。ニューブリッジはどんな立派な橋かと思ったが、ごく粗末な木の橋。橋を渡り伸びやかな照葉樹林帯に入る。徐々に高度を上げ樹林帯を抜けると急な斜面に段々畑が広がる。人家の庭先を通ってモディコーラの支流を渡り対岸に取り付く。この支流には水車小屋がある。日本式のコットンコットンとのんびり縦に廻る物ではなく、激しい水流を受けて急速度で水平に廻る水車である。ここの水車は粉轢きのようであったが、上流には同じようなタイプで発電水車もあちこちに見られた。
  支流を渡っていよいよ急な登りである。途中のジヌゥダンダ1780mまではまだしも、更にチェックポストのあるチョムロン2100mまでは想像を絶する崖のような角度の斜面に丁寧に積まれた石段を一歩一歩登る。ニューブリッジから約200m登り、80mほど下って支流を渡り、急登2時間半650m登ってようやくチョムロンのチェックポスト、そこからキャンプ地までチョムロンの街の中を150mほど下る。半日行程ではあるが厳しい一日であった。2000mを超えたらアルコールは控えるというTLとの約束、昼飯の準備を待つ間、まだ高度は1955m、2000mを越えていないという理由で今日もビール。
  昼食後今日も激しいスコール。スコールが通りすぎてマチャップチャレ、ヒウンチュリ氷河をスケッチ。山の姿は前山の丘陵に遮られてあまり良くはない。今日はシャワーがないのでロッジの有料シャワー、蒸し暑い道を歩くのですっかりシャワーが習慣になってしまった。太陽光で暖められたお湯をたっぷり使えるので石鹸を使ってさっぱりする。
 4月30日 晴、暑い。チョムロン→シヌワ→ドバン
  朝は寒かったが、日が昇ると日差しが強く暑い。チョムロンの中腹にあるキャンプ地から更に下って、チョムロンコーラを渡り再び急速に高度を上げてモディコーラを見下ろすシヌワ2340mを通過する。ここからは再び樹林帯に入る。石楠花は盛りを過ぎたようではあるが所々見事な花を着けている株もある。樹林が切れ展望の良い草地に出るとマチャップチャレの姿が鋭く立っている。ポカラからの姿とは大分様子が変わり、まさに魚の尻尾のように頂上が二つに分かれピークの間はやや鋭く切れこんだ吊尾根になっている。クルディガルの草地で昼食。展望は平凡なので食後はゆっくり身体を休める。    展望は恵まれないものの涼しい木陰を歩き、やがてドバン2505m。7時出発で2時半到着。渓谷沿いの断崖に囲まれた場所ではあるが、周りは緑が多く安らぐ事ができる。今日は午後早めの夕立でずいぶんと激しいものだった。完全に雨が上がった状態ではない、テントの中での夕食はワラビの天ぷらとお浸し、イタドリのゆでたもの、ピザ等コックは毎日いろいろと工夫をしてくれ、限られた材料で目先を変えたりとなかなかの腕である。今日からABCに登り、下って来て3000mを切るまではアルコール断ち、シャワーの設備もチョムロンに置いて来たのでシャワーもなし。
 5月1日 晴、暑い。ドバン→ヒンクー→MBC

   前夜は激しい雨だったが、今朝は晴れて暑いくらいである。2505mから3700mのMBCまで今日は高度差1200mの登りである。モディコーラに沿った樹林帯をゆく。石楠花があちらこちらに真紅の花を見せている。ヒマラヤホテルの先2800m辺りで樹林帯を抜ける。谷の奥にはマチャップチャレが姿を見せていて、眼下のモディコーラもずいぶん小さな流れになっているのが見える。ヒウンチュリやアンナプルナサウスは手前の岩山に隠されて見えない。ヒンクーの岩小屋跡で一休み、すぐ先に昼食予定地のデウラリが見えるが、水平道のため一度枝谷の奥に入り込み再び山裾に戻る。この枝谷にも小型の水力発電装置があり、ずいぶん谷奥まで電気の供給はあるようだ。


   この巻道から再びモディコーラを渡り返し、広々とした河原をしばらく歩くとやがて目の前にモレーンの丘の上に建つ石積みの小屋が見えてくる。最後の登りは結構厳しいが、小さな流れを渡ってやがてキャンプサイトであるM.B.C.(Machhapuchre Base Camp)に到着。アンナプルナ氷河のアブレーションバレー(氷河側谷)の末端に広がる広々とした場所で桜草が沢山咲いている。
  11時昼食、背後の巨大な岩壁を割って落差200m位あろうと思われる滝が2本落ちている。午前中頑張って登ったのでここは3200mほどであるから、あと500mの登りというわけだ。 しかし、このコース中の難所雪崩道の下を通る事になるが、幸いにも対岸の巻道を通れるとの事。この雪崩道では今年もオーストリア人一家4人の内2人が死亡しているとの事である。モディコーラを危うげな橋で渡り対岸のブッシュの中を進む、小高いところで雪崩道を見ると、200m以上ある岩壁の真下に砂利の混じったデブリが巾2〜300mにわたって続いている。雪崩の元になる岩壁の上部はこちら側からでも見る事ができない。ガイドの話ではヒウンチュリの東側岩壁から落ちてくる氷河の末端が崩壊すると言う事であり、ほとんど予測不可能と言うことだ。
  7時出発、2時半到着高度差の割には楽に着けたのは昨夏の高度順化がまだ効いているのかもしれない。天候は相変わらず午後になると雨模様、まだ降り出さないがじきに雨になるのではないだろうか。夕食後パルスオキシメーターで酸素飽和度をはかる。88でほぼ最高の値だった。

 5月2日 晴。MBC→ABC

   早朝朝日に輝くアンナプルナT峰8091mが僅かに頭を見せる。最終目的地標高4130mのA.B.C.(Annapurna Base Camp)まで高度差430m距離4kmほどであろう。アブレーションバレーの中を緩やかに登るだけと言った感じである。快晴、正面にはアンナプルナサウスが肩を怒らせて座っている。その右にはアンナプルナファング7647m。そして、テントピークから延びる尾根の上から少しだけ頭を出しているアンナプルナT峰が登るにつれて見え隠れしながら次第にその全貌を表してくる。

  アブレーションバレーは緩やかな起伏が段丘状に連なり、氷河の水とは違う澄んだ流れがある。その脇には桜草が大きな群落を作って何処までも続く。所々でゆっくり写真を撮ったりスケッチをしたリ、遅くとも昼までに着けば良いので思いっきりのんびり歩く。

   背後にはマチャップチャレ、そしてアンナプルナV峰がその左手に姿をあらわす。中間には鋭いピークを突き上げているガンダルバチュリ6248mを中心に岩峰が立ち並び、大きく切れ込んだギャップの左に魅力的な姿のアンナプルナV峰7555m、緩やかな稜線の中央の小さい双耳峰が頂上で右手は鋭く切れこんだ下に大きな雪原が広がる。頂上付近は見た目には穏やかそうだが、そのすぐ下は何処も急峻な壁になっており、いくつかの岩のリッジの間は美しいヒマラヤ襞を見せる雪壁で守られている。

   ゆっくり登ったが到着は10時少し過ぎだった。ABCは下のMBCから眺めると、それほど高い所という感じはしないが、登りついて見下ろすと高度感は十分である。穏やかなアブレーションバレーが尽きて、アンナプルナ氷河から流れ出るモディコーラの渓谷が深く刻み込んだ向こうにマチャップチャレからアンナプルナV峰へ続く複雑な稜線があり、一層高度感を強めている。

   キャンプサイトは意外に広く他にテントのパーテイはいないので、贅沢に場所を取ってテントが張られている。モレーンの丘の上には大きなチョルテンが建てられ、五色の旗が順番に青、白、赤、黄、緑と繰り返し並んで風にはためいている。モレーンの丘に上ると足元は急に切れ落ちて砂礫に覆われたアンナプルナ氷河に続いている。正面にはアンナプルナT峰が所どころ雲に覆われながらも巨大な南壁を見せており、ここからの高さは4000m、幅は7000m以上あろうと思われる。

  アンナプルナT峰の頂上稜線は長く左のファングとの間は鋭く切れたギャップがあるが、右手のロックノアール、あるいはグレーシャードームとの区切りは何処を採って良いかわからないくらいうねうねと続いている。見た目のスケールもさる事ながら、高さはアンナプルナ氷河の上に置いた富士山がすっぽり収まってしまう高さ、幅は槍岳から奥穂高を越えて西穂高辺りまで納まってしまうと考えると、そのとてつもない大きさが実感される。特に南壁のスケールの大きさは昨年見たバルトロ氷河の高峰群とは一味違った物として印象的である。

  ひとわたり眺めて、写真を撮りスケッチを済ませてから、シュラフを岩の上に干す。このところ毎晩雨に降られ、ずいぶん湿っぽくなっていたので今夜はこれで気持ち良く眠れるだろう。昼食を済ませ、しばらく遊んでいると、雲が出てきてまた今日も夕立が来るのではないかと思ったが、パラパラと降っただけで御仕舞いであった。しかし、夕焼けの山は期待外れとなってしまった。夜には期待通りの夕立ならぬ降雪があり、積雪は5cmほどあった。

 5月3日 晴。ABC滞在
   晴れているが雲が多く動きも早い。前夜降雪があったので日の出前に起きだし写真を撮る人もありつられて早起き。アンナプルナT峰は雲がかかり頂上は見えないが、サウス、ファング、などはすっきりと姿を見せている。アンナプルナV峰とガンダルバチュリとの間から日の光が射し全天が明るくなり、大きなギャップから光の筋が広がる。
   朝食の後、すぐ裏の緩やかな丘と言っても4300m位は十分ある所へ登る人もあり、自由に行動する。その丘の西に延びる緩やかな斜面を登り、適当な大岩の上でトカゲ(日向ぼっこ)をしながらスケッチや写真を撮る。ホンの少し登るだけでチョルテンのあるモレーンの向こうのアンナプルナ氷河を見下ろす事ができ、対斜面のテントピークやその奥のフルーテッドピーク6501m更にグレーシャードーム7193mも真っ白に雪化粧した姿をあらわす。少し遠くにはアンナプルナV峰。そして、マチャップチャレが逆光の中に浮び上がる。




   たっぷり展望を楽しみ、ゆっくり遠回りしながらテントへ戻る。間もなく昼食。今日はザル蕎麦、懐かしいがうまく茹で上がってはいない、どうも高所では蕎麦はうまく茹であがらないようである。スパゲッテイやウドンは圧力釜で美味しく茹でられるし、ラーメンだってまずまずの茹で具合だが、蕎麦だけは圧力釜を使ってもうまくできない様である。   今日はぶらぶらと過ごすのでたいして食欲もない、それにおやつはお汁粉だときては、少し控えめのほうが良さそうだ。生憎雨となりTLが持参の絵の具を使わせてくれると言うので、午後は食天でお絵描きで過ごした。夕食のデザートにはコックの心づくしのケーキが出て今日の食事は終日豪華版。
 5月4日 快晴。ABC→MBC→バンブー
   いよいよABCとお別れ。食天は撤収されているが素晴らしい晴天なので朝日を浴びて気持ちよい朝食。今まで頂上を見せなかったアンナプルナT峰がようやく姿をあらわした。チョルテンの前で全員で記念撮影、それぞれのカメラを出したので、カメラマンを言いつかったガイドは大忙し。今日は、ABCからMBCを通りすぎ、前回の宿泊地ドバンを通り越してバンブー2109mまで、ただひたすら下る、楽しみは早くも3000mを切るのでビールが解禁になる事だけ。
  7時40分出発、MBCまでは山々へ名残を惜しみながらゆっくり下る。雪崩除けの巻道に出る頃には暑くなり薄着になる。昼食はヒマラヤホテル2873m。樹林帯の道は木陰にはいると気持ち良いが草地は日差しが暑い、などと言っているうちに曇ってきて小雨が降り出す頃にはテント場のバンブーに到着2時50分。早速ビールここは缶ビールのみ、待望の一口。

 5月5日 晴。バンブー→シヌワ→チョムロン→ジヌゥダンダ
  今日はアップダウンの激しい苦しいコースだが、宿泊地ジヌゥダンダには温泉があると言うことなので異常に張り切っている人もいる。シヌワまでは渓谷沿いの樹林帯の道だが結構アップダウンがある。シヌワでは観光案内の看板描きのオッサンといっても彼は俺は絵描きだと自慢している。良く考えてみれば看板描きだって絵描きだって大した変わりはない、看板だってオリジナリティーが大切なのだ。彼は案内地図だけでなく周囲の山岳風景、風俗などスケッチブックに色々取材している。僕もスケッチしていると言ったら、ぜひ見せてほしいと言う事なので、2冊目しかザックに無かったが見せると、どの山かは的確に見分けてくれる、それだけ良く風景を見ていると言う事だろう。
  さて、これからが大変、まずチョムロンコーラまで下る。ここも急な下りでなかなか手ごわい。そしてチョムロンの集落の中ほどにある前のキャンプサイトで昼食。食後は再び急な石段の登りチョムロンの最高点のチェックポストを通過、ここからジヌゥダンダまでの下りがものすごい急な石段の下り、午後の日差しが暑く一層辛くする。まさに「死ぬ段々」(ジヌゥダンダ)から「死ぬわ」(シヌワ)までの「死の行進」であった。   川岸の温泉に急行した人もいたが、ガイドがシャワーを用意してくれると言うので、安直なシャワーにする。ひさしぶりで気分爽快その後は勿論ビール。みやげ物屋が店を開いていてショートパンツを売っていた。汗でべとべとになってしまった長パンツをやめてショートパンツにする。夕方から今日も雨、ずいぶん標高が下がり2000mを切る様になったので、雨が降っても寒くはない。
 5月6日 晴。ジヌゥダンダ→ニューブリッジ→ランドルン→トルカ
   ジヌゥダンダ発7時40分急な道を水車小屋のあるモディコーラの支流まで下り、橋をわたって山腹を登る。空は青空、チョムロン、ジヌゥダンダの向こうにアンナプルナサウスの白い峰が光っている。標高が下がっているのでひどく暑い。

  質素なニューブリッジを渡るともう里山。バナナの木があり鮮やかな色の小鳥が舞う、ここは亜熱帯だと言う実感がする。少しづつ高度を上げランドルンの集落の中で一休み。もう終わったと言う感じが皆にあり、ガイド達もTLもすっかりリラックスしてバッテイの親子達とお喋りをしている。ランドルンからはほんの一息でトルカに到着、11時。

   シャワーを浴びてさっぱりして昼食。ヒルの被害者続出。食堂でおやつの後はスケッチに彩色。凄い夕立ち雹も混じり激しく叩きつける。夕食の時には、ロッジに泊まっている中国人が我々の席の真中に陣取っていてのんびり飯を食っている。共用の食堂だから当然だが、こんな状態で悠々と飯を食っていられるのはなかなか大したものである。
 5月7日 晴、雲多い。トルカ→オーストリアンキャンプ
   出発前にロッジの少女の写真を撮る。7,8歳であろうか、学校から帰ってきてから一生懸命にロッジの手伝いをしていてその様子がとても可愛い。グルン族なのであろうが、顔つきはモンゴロイドである。子供達は良く親の仕事を手伝っているが、彼らはとても子煩悩で、良く子供達の相手をしている。

  曇り空であったが次第に晴れてきて暑くなる。デオラリに着くと向こうにペワ湖とポカラが見える。広葉樹の明るい林の中をオーストリアンキャンプに到着。10時半。広々とした伸びやかな草原で石積みの囲いがあり、まさにチロルのアルパインメドウの雰囲気。アンナプルナは雲の中から時々ちょっぴり顔を覗かせるだけ。

  明日車が迎えに来るカーレとその周辺の段々畑更にポカラの街も見えるが山のほうは雲が多い。シャワーをたっぷり使い、スケッチをしたり、花の写真を撮ったりして最後のキャンプ地を過ごす。ポーター達ものんびり料理をしている。イラクサらしい葉っぱを煮こんで岩塩を入れ、枝の付いた攪拌棒を作り濃い緑色のどろどろのスープを作っている。なんとなく美味そうである。

  今日も夕立ちで暫くテントの中で荷物の整理。少し早めの夕食。コックの心づくしのケーキがデザートに出て、いよいよお別れパーテイ。ムスタンコーヒーなるロキシーのコーヒー割を飲んで景気をつけ踊りが始まる。踊りの名手と見られる二人はさすがに見事で、如何やら勧善懲悪の踊のようであるが、面をつければ何処か能の舞に共通するような動きである。
やがて全員が踊りだし、ついに我々も参加させられる。仲間の一人が見事な振りで踊りヤンヤの喝采を浴びる。これほど見事に踊れるとはもう最敬礼。一層盛り上がり遅くまで続く。そして最後はレッサンンフィリリの大合唱。
 
 5月8日 曇り。オーストリアンキャンプ→カーレ→ポカラ

  残念ながら雲が取れないばかりか、霧が出てきて全く展望は望みなし。あっさり諦めて8時半一気にカーレへ下る。1時間ほどで車道に降りつく。何処かの学校の生徒が募金をしている。何の募金かわからないがポーターやガイドも応じていて、何やら小さな紙片を胸に着けてもらう。どうやら赤い羽根のようなものであるらしい。サーダーがカタという絹の布を一人づつ首にかけて合掌、握手をしてお別れである。迎えの車でポカラへ。11時到着。ロープで動かす専用渡し舟にはホテルの従業員が専任で24時間サービスするそうだ。ロッジとは言え格調の高いリゾートホテルで従業員の躾も行き届いている。たっぷりのお湯でシャワーを浴び、レストランで昼食。食後は夜まで自由行動。

   一休みの後街へ出かける。渡し舟の岸辺のチョータラには種類の違った大きな菩提樹が2本植えら見事な枝振りで日陰を作っている。チョータラは街道筋に見られる休み場で大きな菩提樹が日陰を作り、石積みの台が囲っており腰掛と荷物置場になっている。一里塚のようなもので、旅人はここで荷を置いて一本立てる事になる。道筋の並木のジャカランダの花が美しい。今朝わかれた若いガイドの一人が自転車で追い越しながら挨拶をして行った。


  街はペワ湖に沿って長く端までゆっくり歩いて小1時間かかる。船着場があり展望台に上がると、向こうにサランコットの丘があるがアンナプルナは良く見えない。道をひき返しながら、お土産を買う。店番の小女が可愛い、黒髪で大きな目、アーリアン的な顔立ち写真を撮るとVサインをして見せる。両替屋のお姉ちゃんも黒目がちの美人だ。 夕食前にアンナプルナが少し赤くなって輝いていてので写真を撮る。多分これが見納めだろう。夕食は本格ネパール料理。夜中に目覚めて星空を見ながらビールを飲む。

 5月9日 雨のち晴。ポカラ→カトマンズ  5月10日 カトマンズ→成田
   朝は雨で有視界飛行のポカラ便は出発が遅れる。空港でも暫く待たされたが、晴れると矢継ぎ早にカトマンズからの便が到着する。カトマンズ空港からホテルへ、昼食は付いていないしそれほど空腹でもない、おまけに現地通貨は残り少ない。ビールとおつまみのピーナッツで済ませ、繁華街タメルへ出かける。街でばったり昨年バルトロへ同行したHさんと出会う。暫くお互いに顔を見合わせ、不思議な出会いにびっくり。
  夕食も各自自由。若手は日本料理屋へ行ったようで、本格チベット料理を望んだのは熟年5名。TLも同行することになった。まずスープと野菜の餃子、次に煙突のついた鍋に野菜を入れて煮こみ、茶碗にご飯か麺を入れて鍋から具を取ってかけて食べる簡単なものだが美味しい。隣の席へはバルトロの時のTLのFさんがパーテイを引き連れてやってきていた。飲み放題のロキシーで良い気分になり、兵士が警戒する街をぶらぶらとホテルへひき返す。
  朝食をホテルで取り空港へ。セキュリティーチェックは厳しい。シンガポールで乗り換えだが外へは出られない。空港内で夕食、タイ風のビーフンはあまり美味しくなかった。11日早朝無事成田へ、連休の後なので空港は何処も空いていて簡単に日本へ戻ってしまった。

S. IWASA

トレッキング中に見られた花

花の同定が全く出来ていないので「……
風」で誤魔化しています。申し訳ありません。