パタゴニアトレッキング (1996/12/22〜1997/011/06)

 

成田を出発しアメリカのシアトルからマイアミを経由し、2日目の早朝やっと南米チリの首都サンチアゴに到着。真夏のサンチアゴは猛烈な暑さだ。クリスマス前とあって町は大変な混雑。道路は隙間が無いほど車であふれている。サンチャゴに一泊し翌朝国内線に乗り換え南米大陸最南端の町プンタアレーナスへ飛ぶ。
パタゴニアは風の大地とも言われるほど、夏の時期は一日中台風並みの強風が海に向かって吹きつづける。夏というのにここではコートが要るほど寒い日があると思えば半そででも汗ばむほどの暑い日もある。パタゴニアには一日に四季があるといわれ、事実トレッキング中にみぞれ混じりの冷たい雨が降っていたのに山ひとつ超えたら今度は半そででも汗をかくほどのつよい日差しになるといったこともあった。 パタゴニアには南部氷床という100km以上もある広大な大雪原があり、夏にはこの氷床の冷気が海に向かって強風となって噴出す。この風がパタゴニア一体の独特の気象を生み出し、また動植物などの生態系に大きな影響を与えている。

 

プンタアレーナス

 

ペンギンコロニー

オプショナルツアーで近くのペンギンコロニーの見学に出かけた。マゼラン海峡に面する海岸線近くにペンギンのコロニーがある。あたりは一面の草原で一体こんなところにペンギンがいるのかと不思議に思ったが、草原のあちこちに直立不動で太陽に向かって立っているペンギンの姿が見える。多分海から上がってぬれた体を乾かしているのだろう。なんともこっけいな姿だ。 コロニーから海岸線に向かうと40〜50センチほどのペンギンが一列に並んで行進をしている。整然と並んで歩くさまはユーモラスでもありほのぼのとする光景だ。海岸は柵で覆われており人は海岸には入れないようになっている。ここはペンギン専用のプライベートビーチだ。浜はペンギンであふれており、これから海へえさを食べに行くもの、腹いっぱいえさを食べて一服しているもの、帰り支度をしているものとさまざまなペンギンの姿が観察できる。
バスでプンタアレーナスを出ると周りの景色は一面小潅木と牧草地にかわる。行けども行けども続く広大な牧草地。たまに家が現れるが隣の家まで数十分もはなれている。この単調な景色を2時間ほど走ると大きな湖が現れる。湖面には淡いピンクのチリフラミンゴの群れが羽を休めている。
大平原を走りつづけていると突然また湖が現れた。と思ったらそこは海だった。チリの海岸線は複雑なリアス式海岸が続き、かなりの内陸まで海が入りこんでいる。そのため周りを山に囲まれておりまるで湖のようである。この湾にある港町プエルトナタレスで昼食をとり再びパタゴニアの大平原を走る。

 

湖面で羽を休めるフラミンゴ

 

パイネ山群

これまで緑の多かった草原も次第に乾燥した土ぼこりと枯れ草色の大地にかわり、やがてチリとアルゼンチンの国境に着く。国境の手前を左に進むと前方にパイネ山群が見えてくる。黒い一群の塊だったパイネも次第にその輪郭がはっきりとし、荒々しい特異な形状をした山容が見えてくる。いつしかバスはなだらかな起伏の山間部へと入りやがて正面にトーレス・デル・パイネの尖塔が見えてくる。パイネ一帯の山は氷河の激しい浸食により非常に複雑な形状をしており、特にパイネは奇岩の集積地ともいえるところで、他では見られない独特な山岳風景を作り出している。

夕方になってようやくバスは今日の宿泊地アスール湖に到着。今日からテント生活が始まる。このキャンプ場は管理がよく清潔で水洗トイレも完備している。 キャンプ場のあたりの草地には黄色いカルセオラリアの原種や珍しい草花を見かけたがどれも名前は分からない。我々のキャンプ地から10分ほど歩いたところには色とりどりのルピナスの群落もあった。  夜になってもあいかわらず強風が吹き気温もかなり下がり夏とは思えない寒さに夜中には何度も目がさめた。

 

アスール湖畔のキャンプ地

 

グアナコの群れ

翌日は朝食を済ませたあとテントを片付けバスで次の目的地ペオエ湖へ向かう。いよいよパイネ山群の核心部へ入る。
ゆるやかな丘陵地帯が続き草原のいたるところでグアナコやダーウインの姿を見る。パイネとロッキーの一部にしか生息していないというピューマもこの近くには生息しているということだ。 途中公園入り口でバスが止まったので外へ出ると我々が珍しいのか狐やグアナコが近くへ来た。まったく恐れる様子も無く、むしろ我々の方が珍獣に見られているのかもしれない。
公園入り口を過ぎると次第にパイネの姿が近づき独特な形状の岩壁が迫力を増しながら迫ってくる。氷河が近いため、コバルトブルーやモスグリーン、ターコイズ色などさまざまの色をした湖が次々に現われこの美しさにため息が出る。  移り変わるすばらしい景色の連続に興奮していると突然バスが故障で停まってしまった。しばらく直りそうもないというのでこのすばらしい景色を見ながら歩くことにした。バスの外は台風並みの強烈な風が吹ているが迫力あふれるパイネの岩壁と美しい色に輝く湖を見ながら歩くのはすばらしい。バスが故障したおかげでこんなすばらしい景色の中を歩くことができた。

 

美しいパイネの山々

 

神秘的な色をしたペオエ湖

再びバスに乗るとすぐにペオエ湖の船着場に到着した。湖面は色鮮やかなターコイズ色に輝いているが強烈な風で湖面はまるで海のように白波が立ち、止まっているバスが揺れるほどの強風が吹き荒れている。キャンプ地はこの湖の対岸にあり船で渡らなければならない。こんな風のなかをほんとに船は来るのだろうかと心配しながら待っていると、やがて前方から木造の船が風に大きく揺れながら現れた。  今日からのキャンプ生活に必要なテントをはじめ大量の荷物と個人の荷物を船に積み込みいざ出船だ。 船着場は入江になっており多少風の影響は少なかったがそこを出ると猛烈な向かい風となり船は激しく揺れはじめた。
入り江を出ると船からの景色は一変する。右手にはクエルノ・デル・パイネがパノラマのように展開し、やがて湖の前方には黒くそびえるパイネ・グランデの姿が現れる。  1時間ほど強風にあおられながらパイネの山に見とれているとやがて対岸に到着する。キャンプ地は船着場から100mほど先の草原だ。

 

湖上から見るパイネ・チコ

 

珍しいランの花

荷物を運んでいる途中ふと足もとを見ると見慣れない花が咲いている。よく見るとランの花だ。色は緑っぽく目立たないが紛れもないランの花だ。一本の茎に2cmほどの薄い緑色をした花を数輪つけている。こんな寒い所でもランの花を見ることができるとは驚きだ。この花はこの辺りに広く分布しており、キャンプ地のあちこちで見られ、このほかにもトレッキング中に数種類のランの花を見ることができた。
キャンプ場はペオエ湖の湖岸一帯のかなり広いところにあり中には小さな売店があり食料や酒類などを販売している。またトイレも完備されておりロッジも一軒ある。景色、設備ともすばらしいところだ。しかし風が強くテントを張る場所を確保するのには苦労する。 今日からここに3日間滞在し近くのトレッキングに出かける。

 

キャンプ場の背後はパイネ・グランデ

 

パイネ・チコ

トレッキング一日目はパイネグランデとクエルノ・デル・パイネの間のフランス渓谷まで行く。キャンプ場を出発して少し小高い丘に上がるとターコイズ色をしたペオエ湖が足元に広がり、前方にはこれまでパイネグランデの影に隠れて見えなかったクエルノ・デル・パイネが突然現れる。 シナモンの香りのする南極ブナの潅木や赤い花をいっぱい付けた小さな潅木の生える展望のいい道を緩やかに下ると、今度は濃いブルーの色をした湖のほとりに出る。この湖を過ぎるととやがてフランス渓谷の入り口に到着する。 ここで昼食を取った後パイネグランデとクエルノ・デル・パイネの間の谷フランス渓谷へと入っていく。

イタリアーノキャンプを過ぎると樹林帯は終わり急に視界が開け岩場になる。ここから先はパイネグランデとクエルノ・デル・パイネに挟まれた狭い谷となり前方には短いがパイネグランでから流れて出た氷河がある。向かい側は黒々としたパイネグランデ、こちら側は白いクエルノ・デル・パイネと対照的な岩肌に挟まれた谷だ。 この先にはイギリスキャンプがあるが道が悪く景色もそれほどよくないと言うことで途中の景色のいいところまで行くことにした。目的地に到着し荷物を降ろし撮影を始めると突如パイネグランデの斜面に雪崩が発生した。雪崩の規模は見る見る大きくなりものすごい量の雪が一気に斜面を滑り落ちていく。本格的な雪崩を見るのは初めてであるがその規模とすさまじさに驚かされる。しばらくすると天を割るようなごう音がとどろき始めた。斜面は一面の雪煙に覆われやがてもとの静寂を取り戻した。なだれはあっという間に終わってしまったが興奮はしばらく続いた。

 

パイネ・グランデの雪崩れ

 

珍しいカルセオラリアの仲間

 

パタゴニア一帯はそれほど高山植物は多くないが、黄色いカルセオラリアの原種と思われる花は至る所で見ることができる。園芸種と違って一本の茎に一輪の1センチほどのきれいな黄色の花を付け、その形は場所により多少差があるようだ。このあたりの岩場にもいたるところに黄色いカルセオラリアが咲いている。
トレッキング2日目は昨日とは反対側にあるグレー氷河の先端部まで行く。 パイネグランデのすそを巻くように道は続く。この道は谷のため日が射さずかなり寒い。しかし日がさすと急に暑くなり、風が吹くとまた寒くなる。風がおさまれば再び暑くなるという目まぐるしく変わる気温のため服を脱いだり着たりと忙しい。キャンプを出発して30分ほど歩いたところで岩の間にカルセオラリアの一種でとても珍しい花を見つけた。パタゴニアの観光パンフレットで見たことがある大きさが2センチくらいのザルのような形したオレンジ色の花びらで先端が白と黒の不思議な形をした花だ。
小さなアップダウンを繰り返しながら緩やかなのぼりが続く。2時間ほどすると登りも終わり、目の前にグレー湖が見えてくる。湖面には氷河から流れてきた氷の塊がいくつも浮かんでいる。ここから氷河まではこのグレー湖に沿って大きなアップダウンが続き昨日と違ってかなりハードな歩きが続く。

 

グレイ湖とレンズ雲

 

巨大なグレイ氷河

最後の登りをのぼりきると前方に巨大なグレー氷河が現れる。先端の幅がおよそ4kmもありこれまで抱いてきた氷河のイメージを完全に覆すような巨大な氷河だ。湖の対岸には南部氷床と呼ばれる広大な氷の大平原が有り、そこがパタゴニアの氷河の源になっており、パタゴニア独特の常時吹く強風の元にもなっている。氷床の気温はあまり変わらないが海面の温度は季節によって変動するためその温度差で気圧に変化が生じ、夏には氷床から海に向かって強風が吹く。
道はさらに先へと続き数日でパイネ山塊を一周できるが我々はここから行きと同じ道を引き返す。常時冷たい強風が吹き付けるパタゴニアにあってグレー湖とパイネグランデにはさまれたこの一帯は風も無く抜けるような青空が広がり美しい氷河と天を突くようにそびえる荒々しいパイネグランデの岩肌を眺めながら歩くことができるすばらしい道だ。

パイネのトレッキングもこれで終わり明日は次の目的地アルゼンチンのフィッツロイへ移動する。世界に類をみない景観を持つ山々、美しく巨大な氷河、それに宝石のような色とりどりの湖に囲まれたこのすばらしい地をたった2日のトレッキングで去らなければならないのは実に残念だ。
翌朝テントを撤収して再び渡し船で対岸に戻りバスでアルゼンチン側のフィッツロイへ移動する。帰りの船は送り風になるため比較的波も静かで、次第に遠ざかって行くパタゴニアの山々を見ながら1時間ほどで対岸に到着する。 再びバスに乗り国境まで同じ道を引き返す。国境でチリの出国手続きを済ませ、アルゼンチンへ入る。

 

均整の取れたパイネ・グランデ

時間ほど走ってようやく一軒のモーテルに到着。中に入るとカウンターがありちょっとしたものを売っているだけの小さな店だ。よくこんな孤立したところで生活ができるものだと感心する。 店の女の子が天井からつるした直径2センチくらいのリングを壁のフックにひっけける遊びをしていた。ためしにちょっとやったがなかなか引っ掛けることができない。女の人はいとも簡単に引っ掛けてしまう。きっと毎日客がこない時はこれで暇つぶしをしているのだろう。日本人の気ぜわしい毎日からはこんな単純なことをしようという気が起こらない。時間にも心にもゆとりを無くした我々には周りを振り返るゆとりも、過ぎ去っていく時間を楽しむゆとりも無く、ただ先の幸せより不安に掻き立てられて生きているだけのような気がする。
一息ついて再び広大なパタゴニアの平原を走り出し2時間ほどでエスペランサという小さな村のモーテルに停車した。ここは村といってもほとんど家はなく生活感がまったく無い。モーテルだけは巨大で中にはレストランやみやげ物の販売をしている。ちょうど店の前ではアサードを作っていた。アサードはアルゼンチンの代表的な料理のひとつで、牛を開きにして、ちょうど日本でいえば鮎を焼くように焚き火であぶり焼きにする。遠火でじっくっり焼くため肉はやわらかくとてもうまい。

前方に大きな湖が見えてきた。やっと今日の目的地カラファテに到着。カラファテはフィッツロイや明日訪れるペリトモレノ氷河などの観光基地で、こじんまりとした町だが町の中心部にはホテルやみやげ物店が多くならぶ。さすが観光の町だけあって町全体はとても清潔で美しい。道路や家の庭には色とりどりのバラの花が咲き、色彩あふれる美しい町だ。 カラファテの中心街はこじんまりとしたみやげ物店や食料品店など多くの商店が並び、みやげ物店ではどこでも見かけるようなおもちゃまがいのものが多いが、革製品や衣類などは品揃えがよさそうだ。 外国の町へ行くと必ずといっていいほどスーパーマーケットへ行く。スーパーマーケットへ行くとこの地方の生活が感じられ、日本との違いを発見したり珍しいものを見ることができる。カラファテのスーパーに入って驚いたのはこんな不便なところなのに日本とは比べ物にならないほどの安い物価だ。特に驚いたのはワインの安さとその売り方だ。日本でワインといえば数百ミリリットルのビンで売られているが、ここでは石油でも売っているのかと思うような数リットルもあるポリタンで売られている。日本のように毎日買い物にいけるほど便利ではないのでたまに町へ出て大量に買っていくのだろう。

 

カラファテのホテル

 

モレノ氷河の先端

翌日はカラファテから70kmほど離れたところにあるペリトモレノ氷河の見学に出かける。モレノ氷河は一日に数メートルも動き、巨大な氷河の先端部が次々と湖に崩れていくことでよく知られた氷河で、パタゴニアを代表する観光地である。  
ホテルを出発して2時間くらいで氷河近くの小高い丘の駐車場に到着した。車を降りると目の前は巨大なモレノ氷河だ。氷河の先端はまるでやりを並べたようなとがった巨大な氷の柱が幾重にも重なっており時々氷が砕ける音が氷河の中から響いてくる。  駐車場から氷河の近くまで遊歩道が続き、氷河の先端部に沿って両側に遊歩道が付けられている。  この氷河は湖のわきから湖をふさぐような形で張り出している。そのため数年に一度湖を完全にせき止めてしまう。そうなるとせき止められた湖の水位が上がり、その圧力に耐えかね氷河の大崩壊が起こる。数年前に起きた時はその轟音は70キロ近く離れたカラファテまでとどいたという。今現在氷河の先端はこちら側の岸まで10メートルもなく、近い内に湖をせき止めてしまであろう。(1999年にはまだ岸に達していないとのこと)  時々大きな音と水しぶきをあげ氷河の先端がまるでうろこを一枚一枚はがすように崩れていく。2時間ほどの間に5回ほどの崩落があったが残念ながら大きな崩壊は1回しか起こらなかった。しかし目の前で数メートルから20メートルくらいの氷の柱が崩れていく様は圧巻だ。
一旦ここから少し戻り今度は船上から氷河の先端を見物する。船着場から遊覧船に乗り氷河の先端へ向かう。氷河に近いため崩れた氷解が至る所に浮かんでおり、それを避けながら船は氷河の先端に近づく。さっきは氷河を上から見ていたが今度は下から眺める。氷河の下から見上げると改めてその氷河の大きさに驚かされる。先端部の氷の壁は高さ20〜30mほどもあり今にもはがれて崩れてきそうである。パタゴニアの氷は非常にきれいで表面は真っ白。氷の中は青白く輝き神秘的な色を見せる。

 

巨大な氷の壁

 

エルチャルテン

いつしか旅も終わりに近づき最後の目的地フィッツロイへ向かう。フィッツロイはパイネと同じように山の姿が氷河で侵食され独特な形をしている。パイネが荒々しい姿なのに対し、フィッツロイは滑らかな表面をした山が多く、特にとんがり帽子のようにとがったセロトーレは有名である。 カラファテから乾燥した砂漠地帯を走りつづけるとやがて大きな湖が現れ次第に緑が多くなる。はるかかなただった山も次第に近づきまわりが山景色になるとキャンプ地エルチャルテンに到着だ。 エルチャルテンはフィッツロイ観光の村で数件のロッジと小さな売店があるだけの小さな村だ。我々は村のはずれのキャンプ地にテントを張りここからフィッツロイのトレッキングに出かける。
キャンプ地でテントを設営していると既に張ってあったテントから一人の若い日本人男性が出てきた。こんなところで日本人に出会うとは驚きだ。相手の青年もこんなところまで日本から大勢の人がきていることに驚いたようだった。この青年は2年かけて自転車でアラスカからやっとここまで来たとのこと。この後さらにフェゴ島へ渡りウシュアイアまで行くという。
テントの設営を終え近くの丘に上がった。途中は雲一つなかったが次第に雲がわき、すでにセロトーレの姿はなくフィッツロイの山頂部にも雲がかかりはじめた。フィッツロイは天気の悪いことで有名で、今日のように全体が見えることは珍しいという。

 

特異な形をしたフィッツロイの山

 

南極ぶなの森

今日はトーレ湖までトレッキングに行く。エルチャルテンの町を出発するとしばらくは樹林帯の上りが続く。この辺りは南極ぶなの大木が多く、まるで日本の山を歩いているような感じがする。1時間ほど歩くと急に前方が開け、天気がよければここからセロトーレの姿が見えるはずだが今日はあいにくガスに覆われて全くその姿を見ることはできない。代わって美しい虹の輪が現れた。  ここからは下り道となり一旦下るとその先はほとんど平たんな道となる。潅木の茂る道を歩いているうちにぽつりポツリと雨粒が落ち始めた。しかしよく見ると雨ではなくあられである。今は夏の盛りだというのに雪が降りだした。パタゴニアは一日に四季があるというがまさにそのとおりになった。

川沿いに続く道を2時間弱歩くとキャンプが現れる。ここにはセロトーレをアタックするクライマーたちのキャンプがあり、この森の中に映画でも紹介されたクライマーが作った掘建て小屋がある。中に入ってみると森の木の間を丸太や板を組み合せて小屋が作られている。中には炊事場と寝るための空間が有り、広さは6畳位の狭い小屋で、作りも設備も実に粗末だが厳しいクライミングを終えて戻ってきたクライマーには最良の場なのだろう。
キャンプ地から5分ほどでトーレ湖に到着する。湖といってもかなり小さく直径数百メートルの池と言ってもいいほどだ
。湖の対岸は氷河の先端となっているがこれまで見てきた氷河に比べ土や岩でかなり汚れている。生憎小雨とガスで湖の先はほとんど視界がきかない。天気がよければ真正面に切り立ったセロトーレが見えるはずであるが残念ながら何も見えない。むしろ見えないのが普通なのだから見えたらラッキーと思わなければいけない。

 

残念!ガスに隠れたセロ・トーレ

 

豪華な手作りケーキで72歳の誕生日を祝う

キャンプに戻りダイニングテントへ行くと中は飾りつけがしてある。今日は元旦、新年を祝うための飾りかと思っていたが実はそうではなかった。参加者の中に今日72歳を迎えるという方の誕生日を祝う飾りだった。 夕食にはこんなキャンプ地でどうやって作ったのかと驚くようなパメラさん手作りの豪華なケーキが出されみなで誕生日と新年のお祝いをした
森を抜けると潅木の茂る平坦な道になる。ところが木がなくなるとパタゴニア名物の風が猛烈に吹き付ける。空も急に曇り空になり今まで暑いくらいだったのが急に寒風吹きすさぶ真冬のようにになってしまった。これがパタゴニアだとガイドが言う。とうとう小雪混じりになり本格的な冬模様である。小さな潅木の茂る道はぬかるみが多く歩きにくい。やがて道を遮るように数メートルの川幅の流れが現れた。しかし橋らしきものはどこにも見当たらない。枯れ木が渡してありそこを通る。しかしただ置いてあるだけでとても不安定だ。ガイドがなんとか渡ったもののその木が流れの勢いに負け流され初めてしまいとうとう渡ることができなくなってしまった。しばらく川の上流の方を捜したが渡れそうなところが見つからない。浅い所を強行突破することもできるがこの先にはまた大きな流れがありそこはもっと大変だということだしフィッツロイもガスに覆われて見えないのでここで引き返すことになった。

 

迫力のあるフィッツロイの山

 

フィッツロイ登山者のキャンプ地がある湖

帰りはカプリ湖を通ることになった。この湖はそれほど大きくはないがフィッツロイの展望がいいことと林が有るのでキャンプ場に成っており、ここのキャンプ地にも昨日のトーレ湖と同じようにクライマーの丸太のほったて小屋がある。  湖岸の見晴らしのいいところで昼食を食べながらフィッツロイが姿を見せるのを待ったが、ガスは厚くなかなか姿をあらわさない。
カプリ湖から先は山の反対側になり、これまでとは一転して空は快晴で夏のような暑さになる。樹林帯の木は風のせいでどの木もまるで盆栽のように曲がっている。樹林帯を抜けると急に見晴らしがよくなりエルチャルテンの町が箱庭のように見え、遠くにはターコイズ色をした湖が見える。山の斜面には高山植物も多く、ところどころにお花畑もある。さっきまで歩いていた厳しい冬のような気候がまるでうそのように太陽がまぶしく照りつける。  緩やかな見晴らしのよい斜面を下りきるとエルチャルテンの町につく。しばらく草地で暖かい太陽の日を浴びながら昼寝をして皆が到着するのを待った。

 

お花畑

これで全ての日程も終わりいよいよ明日からは日本へ帰国の旅が始まる。今晩はキャンプも最後ということで特別メニューのバーベキューである。南米サイズの巨大な肉にたまげる。牛肉の次は鳥肉である。日本では鳥肉の方が安いがここでは鳥の方が高級な肉である。 バーベキューの火を囲み肉を焼きながら旅の思い出やこれからの計画など語りあっているうちに次第に火も燃え尽きこれでトレッキングも終わりだ。
いつも旅の終わりは寂しく終わる。旅がすばらしければすばらしいほど寂しくなる。
パタゴニアで見られた花
Hirose Kazuo